#9 健康体操自彊術(じきょうじゅつ)と生涯スポーツとしてのスポーツ吹矢

公開開始日:2017年09月26日

自彊術(じきょうじゅつ)との出会い

管理栄養士、健康運動指導士の資格を保有している私が、20年ほど前に新しい栄養・医学情報集めのため、よく取り寄せていたのがNHK出版の書籍です。その時NHK出版の書籍一覧表がいつも同封されていました。

その中で気になったのが自彊術。
“日本で最初の健康体操…。整体がもとで、自分で自分の体を癒し、調える体操”

40歳をとうに過ぎた私にとってこれからの人生に一番必要で良いものだと思いました。
しかし岡山では聞いたこともないものです。無理かと一時は諦めかけていました。

数年後、パソコンを習いに行ったその教室の入り口に、偶然にも自彊術のポスターが貼ってあったのです。後で知ったのですが、岡山県で唯一の正式な教室でした。私が実施したい、かつ健康運動指導士として伝えたいと思うものにやっと出会えました。

自彊術教室の様子 自彊術教室の様子
 自彊術教室の様子 

 

自彊術とは

成り立ち

自彊術とは、大正5年(1916)に中井房五郎(なかいふさごろう)氏によって創案された100年の歴史を持つ、日本最初の健康体操であり、万病克服(体に眠る《治る力を引き出す》)の体育療法です。

その時代はまだ医療制度が十分でなく、当時の医学に匙を投げられた患者が殺到していた腕利きの治療家が中井房五郎氏でした。その押し掛ける患者をさばききれず、治療を断らざるを得ない状況に心を痛め、自らの療法を体操にして、動ける人は家で自分でできるようにしたのが自彊術体操です。

この体操は完成するとすぐ文部省で披露され、「素晴らしい体操だから広く普及するように」と言われました。
戦前には300万人も実践者がいたそうです。この頃郵便局が簡易保険を創設するにあたり、アメリカのメトロポリタン生命保険会社に倣い導入が検討されていたラジオ体操は、自彊術体操をひな形に作られました。

自彊術の衰退と復興

戦前は300万人の人が実践した自彊術も、中井房五郎氏やその協力者も亡くなり、戦争で体操道場も壊滅状態となり、次第に忘れられていきました。

しかし東大医学部の病理学と教育学部保健体育科の講師であった近藤芳郎医学博士が自彊術と出会い、自ら糖尿病を克服したことから医学的解明につとめ、その健康効果を確信した博士は、昭和49年(1974)自彊術普及会を立ち上げ、平成23年(2011)内閣府認定の公益社団法人となり、現在の状況は、普及会員約54,000名、実施人口約50万名まで復興してきました。

岡山の自彊術

昭和61年(1986)山陽新聞カルチャーセンターで教室が始まり、平成19年(2007)1人目の中伝(教室を開ける資格)が誕生し、今までに5人がその資格を取得しています。
しかし岡山県では、他県に比べていつまで経っても知名度が上がらず、何とかしたいと5人で岡山県自彊術同好会を立上げ、大会を毎年1回開き、その名を知ってもらおうと努力しているところです。

平成28年の岡山県自彊術大会 スポレク祭りIN OKAYAMA体験会
平成28年の岡山県自彊術大会 スポレク祭りIN OKAYAMA体験会

 

もう1つの健康増進の生涯スポーツ、スポーツ吹矢

自彊術をお誘いしても「歳だから体操なんてとてもとても…」と言われる方に、「これはどう?吹くだけよ」と取り入れたのがスポーツ吹矢です。

スポーツ吹矢は、平成10年(1998)安全な生涯スポーツとして確立し、国民的健康スポーツとして定着させていくために日本スポーツ吹矢協会が設立されました。
岡山県には、平成21年7月に本部理事の赤堀みどり先生が岡山に足を運ばれ体験会がひらかれ、その時に3人の女性が手を挙げて岡山中央支部(岡山市)・倉敷中央支部(倉敷市)・岡山井原支部(井原市)の3支部が立ち上がり、一足早く福山のNHKカルチャーより立ち上がっていた岡山シオン支部(里庄町)と共に岡山県スポーツ吹矢協会を立ち上げました。

私は、岡山井原支部を立ち上げましたが、極めて順調にいったので、すべてを井原の会友に任せ、井原支部に入ってくれていた岡山市の会友と、平成25年吉備地区に岡山桃太郎支部を立ち上げました。
名前の由来は岡山の桃太郎伝説のモデルと言われる吉備津彦の命の御陵をバックに活動していることによります。

桃太郎支部は御陵の前で桜下杯 岡山市総合体育大会 スポーツ吹矢競技大会
桃太郎支部は御陵の前で桜下杯 岡山市総合体育大会
スポーツ吹矢競技大会

スポーツ吹矢は、子どもからお年寄りまで、障がいの有る無しにかかわらず、胸式と腹式の両方を行うスポーツ吹矢式呼吸法で実施する、健康増進スポーツです。

人がやり続けるためには、スポーツにすることが必要。
では、遊びや、娯楽とスポーツは何が違うのか?
そこを追及した結果、安全で同一規格の用具、同一のルール、呼吸法を確実にする型(基本動作)が決められました。

スポーツ吹矢は、矢をあてた点数で競いますが、それよりもっと大切なことは、正確なスポーツ吹矢式呼吸法ができていることです。
そのためには基本動作をしっかり身につけることが必須です。

岡山県スポーツ吹矢協会の創設以来、私は岡山県スポーツ吹矢協会事務局長と岡山県レクリエーション協会の評議員をしてきました。岡山市スポーツ吹矢協会でも事務局長を務めています。岡山県レクリエーション協会の皆様方のおかげで様々な市町村のスポーツ振興課や、市町村のレクリエーション協会に心をかけていただき、岡山県スポーツ吹矢協会は昨年岡山県体育協会へ、岡山市スポーツ吹矢協会は今年岡山市体育協会に加盟させていただきました。

岡山にスポーツ吹矢が入った頃はまだまだこの先がどうなっていくのかわからない状況でしたが、いまは、協会本部も日本体育協会への加盟の意思を伝え、鈴木スポーツ庁長官もスポーツ吹矢を体験され、「ワールドゲームズを目指すのも面白いのでは…」と提案されました。

日本選手権大会 スポーツ吹矢祭IN茨城
日本選手権大会 スポーツ吹矢祭 IN 茨城


スポーツの立場を確立できたならば、将来わたしが目指すのは、本来の目的である健康増進です。
下手でもいい。健康のために吹き続けている人達が、老いも若きも集い交流するための大会、そういう機会をつくりたいと思います。

多田 洋子(ただ ようこ)

栄養士の資格を保有していたが、栄養士法が改正されたのを契機に独学で資格試験に臨み、平成7年管理栄養士の資格を取得。
来るべき高齢化社会に備えて健康増進の指導者の育成を急いでいた時代であり、厚生省が医師・保健師・管理栄養士など医学の知識を持つ者を対象にして研修をしたうえ、試験に合格した者に与えた健康運動指導士の資格を取得。
さらに労働省のヘルスケアトレーナー、心理相談員なども取得し、健康増進の必須項目、栄養・運動・休養の分野の知識を習得した。
現在自彊術、スポーツ吹矢の指導を通して、多くの人がスポーツに親しみ、健康維持につなげることができるよう活動している。

【自彊術】
【スポーツ吹矢】
多田洋子さん

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